日記・コラム・つぶやき

天の気

2012年3月11日(日)

昨日アチェでは
現地のNPOが教え子たちと共に
東日本大震災の追悼イベントを
開催してくれていました

undefined

現地からの写真を
何枚か見たけど
なんかむちゃ楽しそうでした

追悼なのに不謹慎なって声も
聞こえてきそうだけど

同じ経験をした子どもたちが
こうやって元気に笑ってるって
わかれば東北の人たちの力にもなるかな?

今日は朝から久しぶりに
すごくいい天気だったのに

昼過ぎから急に暗くなって
嵐みたいに雨が降りました

地震発生時刻に合わせたような嵐
東北の人たちの悲しみの涙かな

夕方にはまた日が差してきて
不思議な天気でした


| | コメント (0) | トラックバック (0)

イブ インドネシア

2011年12月15日(木)
この前の日曜日ウィナさんから、久しぶりの電話。「ナギサ、apa kabar?月曜日、ママが来るよ」「え?誰??」「ママ」「えーー!!ホントに?!日本に来るの?!」ママが来るってちゃんと聞こえてたはずだったけど、想定外実現不可能夢のまた夢なことだったので、私の脳は「聞こえない」と処理したようでした(笑)

アチェでのホームステイでは、本当にお世話になったお母さん。私を3番目の娘として本当にかわいがってくれました。私がラビラビの運転手にいやがらせされた時は、「その運転手、捕まえる!!」と本気で怒ってたし、メダンまで格安のバスで行くと行った私に、「危ない(いろんな意味で)から、やめときなさい」って本気で心配してくれました。と、まぁ、思い出を振り返ればきりがないのですが。
お母さんは昨日、奈良女子大学で授業をすることになっていて奈良まで来てくれました。奈良で再会できたのも、ほんとにうれしかったです。一緒に豆腐料理を食べに行きました。綺麗な盛り付けや味付けにお母さんは喜んでくれて、お腹いっぱいといいながら完食してくれました。
ジーやアムル、そして私が帰国する1ヶ月前に生まれたルプナの写真を見せてもらったり、動画を見たときは愛しすぎて会いたくて会いたくて泣きそうになりました。思い出話をいっぱいして、奈良女子大学での授業にも参加してきちゃいました。アチェの生活を紹介する授業だったんだけど、食べ物とか懐かしくて食べたくなりました。
今、Air Asiaならマレーシア経由で時短格安往復4万円でアチェまで行けるらしいです。私の部屋はまだあるらしいし、行きたいなぁ。会いたい人と食べたい食べ物がいっぱいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

くいだおれの町

2011年11月21日(月)

今日は子どもたちの大阪観光の引率に行ってきました。昨日は活動報告がメインで、あまり子どもたちとゆっくり話す機会がなかったので、とても楽しみに出掛けました。

まずは大阪観光の前に、在大阪インドネシア共和国総領事館へ訪問。とても長い時間をかけて、お話させていただくことができました。子どもたちも東北での感想をしっかり話してくれたり。これからは、日本とインドネシアが防災の面で協力できるといいねという話も出ました。

そしてその後はみんなで心斎橋をプラプラ。
Dsc_0340_2
色々お土産を探すのですが、欲しいのがあっても値段がネックになってなかなか手が出ない…。なので100円ショップへ!!「このお店の商品はぜぇーんぶ100円だよ」って言ったら、やっと目をキラキラさせて選んでくれてました。

日本的なものが欲しいというので、食器コーナーでプラスチックの味噌汁用のお椀とか、お盆とかを薦めてあげたら、これがみんなの心をガッツリつかんで、たくさん種類もあるし選ぶのにかなり時間がかかりました(笑)あとは、お箸も喜んでました。

「アチェに帰ったら、この器とお箸でインドミー(インドネシアの有名なインスタント麺)を食べる」と大喜びでした。

そして大阪の味たこ焼き。
Dsc_0342
口に合ったようで、おいしそうにたくさん食べてました。なぜか、先に中のタコだけ食べてたけど…。

くたくたになったけど、いい時間になりました。

私は残念ながらこの日で、みんなと会うのは最後でした。みんなは次の日、念願のUSJに行って、その後アチェへの帰路へ着きました。

次会えるのはいつだろう。「先生!アチェにいつ戻ってくるの?」という質問にいつも胸が痛いです。いつかまたアチェで会えるチャンスが来るかな?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

新たな局面へ

2011年11月20日(日)

今年もアチェから、4人の子どもたちが日本へやってきてくれました。今年はまず東京、東北を訪れた後、関西へやってきてくれました。

昨年初めて子どもたちの日本訪問が実現して以来、2年連続の実現となりましたが、今年の訪問は昨年の訪問とは大きく意味合いが変わりました。

東北の被災した子どもたちと、私たちがずっとお世話してきたアチェの子どもたちが交流するという素晴らしい機会となりました。

日本とインドネシアの架け橋になりたいと続けてきた活動が、こんな形で実を結ぶことになるなんて思ってもみませんでした。

今日は京都の事務局で、東京と東北訪問の活動報告を聞いてきました。

・東京でインドネシア共和国大使館表敬訪問
・岩手県庁表敬訪問
・大槌町役場表敬訪問
・震災後1つの中学校と4つの小学校が一緒になった仮設校舎を訪問、子どもたちとの交流会
・宿泊先でもあった大槌町公民館浪板分館での交流会
・大槌サッカーグラブJr.との交流会

たくさんの方々とのご縁やご協力で、とても充実した訪問となったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

We send our love to Japan..

2011年3月20日(日)

We_send_our_love_to_japan_2 アチェからこんな写真が届きました。津波で親や兄弟や友達を亡くした子供たちが、こんなに笑顔で日本へ「愛」を送ってくれています。みんなありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アチェからのエール

2011年3月15日(火)

 日本でもアチェの地震と同程度のM9.0の地震が起きました。地震発生当時、私は大阪のビルの6階にいましたが大きな揺れを感じました。直後、震源地が東北で大津波警報が出ているというニュースを確認し、体の震えが止まらなくなりました。津波の恐ろしさは、アチェで過ごした1年間でよくわかっていたので…。ニュースで町が流される映像を見るたび、アチェでの光景を思い出して辛くて直視できません。家族を心配し捜しまわる人、家族との再会に涙する人たちの姿を見て、私も一緒に泣かずにはいられません。

「何かできることはないか」と地震直後から考えていますが、駅前で1000円募金しただけです。できれば大きな機関を通じて募金するのではなくて、誰か知り合いなどに直接届けたいと思っています。アチェで学んだことです。

 アチェからも心配と励ましのメールが届いています。同じような苦難を乗り越えたアチェの人たちからのエールや祈りは、とても力がある気がします。東北の皆さん、遠くアチェからもエールが届いています。日本中、世界中で手を取り励まし合い、この試練を乗り越えましょう。

 家族と離れ離れになってしまった人たちが、一日でも早く再会できますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良観光

201042日(金)

 20100403_067 今日はみんなで奈良観光に行ってきました!奈良をこよなく愛する奈良県民として、外国の方を奈良へ招待するなんてこれほどうれしいことはありません。それが、アチェの子どもたちなら、なおさらですよね!「先生、今日はどこへ行くの?」「今日は、奈良へ行くよ~」「じゃあ、大仏を見るの?」「そうそう!!」アチェで奈良のポストカードを見せては、奈良のことを一生懸命力説していた甲斐がありました(*^^*)

 今日はとっても寒くて、みんなも私も震えながらの観20100403_064 光になってしまいましたが、やっぱりみんなは桜と鹿と大仏に大喜びでした。鹿に食べものを取られたり、っていうのは万国共通でおもしろいですよね。ほかにも外国の方がたくさん観光に来られてましたが、みんな大笑いでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

記念式典

2010331日(水)

 20100403_025 今日は、良心市民の会のNPO設立3周年記念式典が行われました。この3月の年度末の忙しい日に、なんと150名の方々に参加いただき、盛大な式典となりました。

 今回の式典では、調印式が行われました。良心、市民の会がアチェに教育センターを建設するために日本の外務省のODAを申請するにあたり、アチェ市長さんから無償でアチェの土地を譲り受けることになりました。そのための調印式が、この式典で執り行われたのです。まるで国際会議か何かを見ているようでしたよ。(教育センター建設についての詳しい内容に関しては、PAC通信2010年春号をご覧くださいね。ホームページからもご覧になれます。)

 20100403_037_2 調印式のあとは、当会名誉会長の漫才師、宮川花子さんが登場してくださったり、アチェの子どもたちがアチェのダンスを披露してくれたり、みんなでアチェで大流行した五輪真弓さんの「心の友」を歌ったり楽しい宴会になりました。

 参列してくださった方々、本当にありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

緊張ののち

2010330日(火)

20100403_001 今日は、在大阪インドネシア共和国総領事館の総領事を表敬訪問した後、良心、市民の会の事務局がある京都府精華町の町長を表敬訪問してきました。町長さんは、アメリカ人の通訳の方を用意してくださっていて、「日本人とインドネシア人の通訳をアメリカ人がするというのはおもしろいね~。」とおっしゃっていました。今回は、アチェ市長さんも一緒に来日しているのですが、市長さんが「アチェと精華町で協力して、将来を担う子どもたちをお互いの国を訪問して勉強できるプログラムを作りたい。」「学研都市である精華町と協力できないか。」と色々な提案が出されました。町長さんも、この良心、市民の会の活動に感心してくださったようで、「これからこの活動を広く町の人に知ってもらえるようにしよう。」と言ってくださいました。

 20100403_006 そのあと、お花見&夕日を見に行ってきました。子どもたちは、今日の表敬訪問は緊張してあまり元気がありませんでしたが、この時はとてもはしゃいで写真をいっぱい撮っていました(^_^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夢が叶う時

2010326日(金)

この春休みに、教え子のうち4人がアチェから日本へ10日間ほど来ることになりました。

私がアチェから日本へ戻ってきて、もうすぐ1年が経とうとしています。

一年前、アチェを離れるとき、「いつかこの子たち(晃月スクールの教え子たち)と日本で会えることができれば、夢のようだ…。」と思っていました。

日本人の私たちにとって、海外へ行くということは当たり前ですが、インドネシア、とくに田舎のアチェの人たちにとっては海外へ行くということは一生かかっても容易にできることではありません。それがアチェの津波遺児であればなおさらのことです。だから「私がまたアチェに遊びに行って、子どもたちに会う」ということと、「アチェの子どもたちが、日本に来て日本で会うことができる」ということは重みが相当違うわけです。

だからみなさん「この春休みに、教え子が日本へ10日間ほど来ることになりました。」と書けば、それはとても簡単なことのように感じられますが、そうではありません。

そもそも今回どうして教え子が日本へ来ることになったかというと…

晃月スクールの学生を日本へ招待したい。というのは、「良心、市民の会」がずっと抱いていた目標であり、アチェで学ぶ学生たちにとっても「いつか日本へ行きたい」というのが、大きな目標でした。この春、「良心、市民の会」がNPOとして認可を受け3周年を迎えたのを記念して、晃月スクールの成績優秀な学生を日本へ招待しようということになりました。皆さまからのあたたかいご支援が、ここまで「良心、市民の会」を歩ませていただき、こうやって大きな目標を一つ現実のものとできること、本当にありがたいことだなと感謝しても感謝しきれません。

いよいよ今月29日子どもたちが日本へやってきます。

日本滞在中の出来事は、またこのACEH LIFEでお伝えしようと思っています。

みなさん、お楽しみに(^_^)/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧